HVAC空調CFD — 理論と支配方程式
概要
先生! HVAC空調のCFD解析はどんな場面で使われるんですか?
オフィス、商業施設、データセンター、病院などの室内環境を対象に、気流分布、温度分布、換気効率、快適性(PMV/PPD)をCFDで予測する技術だ。空調設備の設計段階での性能検証から、既存建物の改修計画まで幅広く使われている。
支配方程式
室内気流の支配方程式を教えてください。
低速流(マッハ数 < 0.3)の非圧縮性Navier-Stokes方程式 + エネルギー方程式が基本だ。浮力効果はBoussinesq近似で取り入れる。
この項がNavier-Stokes方程式のソース項として加わる。$\beta$ は体膨張係数(空気の場合 $\beta \approx 1/T_0$ [1/K])だ。
Boussinesq近似は温度差が小さい場合の近似ですよね。室内空調だと温度差はどのくらいまでOKですか?
$\beta \Delta T \ll 1$ が条件だから、空気の場合 $\Delta T < 30$ K程度なら妥当だ。室内空調では通常10 K以内だから問題ない。
快適性指標
PMV(Predicted Mean Vote)はCFDでどう計算するんですか?
PMVはISO 7730で定義される温熱快適性指標で、6つのパラメータから計算する。
| パラメータ | 記号 | CFDからの取得方法 |
|---|---|---|
| 代謝量 | M | 活動レベルから設定(事務作業: 1.2 met) |
| 着衣量 | I_cl | 季節・用途から設定(夏服: 0.5 clo) |
| 空気温度 | T_a | CFD結果から直接取得 |
| 平均放射温度 | T_r | CFD + 放射モデルから計算 |
| 気流速度 | v_a | CFD結果から直接取得 |
| 相対湿度 | RH | Species Transportで計算、または一様仮定 |
平均放射温度が必要なら、放射モデルもONにする必要がありますね。
そう。S2S(Surface-to-Surface)モデルまたはDO(Discrete Ordinates)モデルで壁面間の放射伝熱を計算し、各点でのT_rを求める。
換気効率の評価指標
換気効率の指標にはどんなものがありますか?
代表的な指標をまとめる。
| 指標 | 定義 | 意味 |
|---|---|---|
| ACH (Air Changes per Hour) | Q / V_room | 換気回数 |
| AE (Air Exchange Efficiency) | τ_n / (2τ_mean) | 新鮮空気の分配効率 |
| SVE (Contaminant Removal Effectiveness) | C_e / C_mean | 汚染物質の除去効率 |
| Local Mean Age of Air | τ(x) | 各点での空気の滞留時間 |
Local Mean Age of Airって、CFDでどう計算するんですか?
スカラー輸送方程式を追加して、空気の平均滞留時間を計算する。FluentではUDS(User Defined Scalar)を使う。
ソース項が $\rho$(一様)なので、空気が室内に滞在するほど $\tau$ が大きくなるわけですね。
F1と空力の戦い
F1マシンは時速300kmで走ると、車重と同じくらいのダウンフォース(下向きの空力的な力)を発生します。つまり理論上、天井に貼り付けて走れる! チームは数千CPU時間のCFDシミュレーションを毎週実行し、フロントウィングの角度を0.1°単位で最適化しています。F1はCAEの技術力がそのまま順位に直結する世界です。
各項の物理的意味
- 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
- 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
- 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
- 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
- ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
- 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
- ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
- 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
- ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
- 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
| 変数 | SI単位 | 注意点・換算メモ |
|---|---|---|
| 速度 $u$ | m/s | 入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意 |
| 圧力 $p$ | Pa | ゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用 |
| 密度 $\rho$ | kg/m³ | 空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C |
| 粘性係数 $\mu$ | Pa·s | 動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意 |
| レイノルズ数 $Re$ | 無次元 | $Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標 |
| CFL数 | 無次元 | $CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結 |
数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)
Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212(層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa
乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):
k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。
CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。
Project NovaSolver — CAE実務の課題に向き合う研究開発
「HVAC空調CFDをもっと効率的に解析できないか?」——私たちは実務者の声に耳を傾け、既存ワークフローの改善を目指す次世代CAEプロジェクトに取り組んでいます。具体的な機能はまだ公開前ですが、開発の進捗をお届けします。
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