沸騰モデル — 理論と支配方程式
概要
先生、沸騰のCFDってどういう仕組みで計算するんですか?やかんの中でお湯が沸くのをシミュレーションできるんですか?
もちろんできるよ。ただ沸騰現象は極めて複雑で、壁面での気泡生成・離脱・凝縮・液膜の挙動が絡み合う多相流問題だ。CFDでは壁面熱流束分配モデルを使って、沸騰に伴う熱伝達を記述するんだ。
壁面熱流束分配モデルって何ですか?
最も代表的なのがRPIモデル(Rensselaer Polytechnic Institute model)で、Kurul & Podowski(1990)が提案した。壁面からの全熱流束を3つの成分に分解する考え方だ。
支配方程式
RPIモデルの式を教えてください。
壁面全熱流束 $q_w$ は次の3成分に分配される。
各成分の意味はこうだ。
- $q_{fc}$: 単相対流熱伝達(液相が壁面を覆っている部分)
- $q_{quench}$: クエンチ熱流束(気泡離脱後に冷たい液体が壁面に接触する際の過渡的な熱伝達)
- $q_{evap}$: 蒸発熱流束(気泡生成に直接消費される熱量)
それぞれの具体的な式はどうなっているんですか?
単相対流成分は壁面のうち液相が接触している面積割合 $(1 - A_b)$ に基づく。
クエンチ成分は気泡離脱頻度 $f$ と待ち時間に関連する。
蒸発成分は壁面上の活性核沸騰サイト密度 $N_a$、気泡離脱径 $d_w$、離脱頻度 $f$ から決まる。
$A_b$ は壁面のうち気泡が覆っている面積の割合ですよね?
そう。$A_b = \min\left(1,\; K \frac{\pi d_w^2}{4} N_a\right)$ で、$K$ は経験的定数だ。気泡離脱径 $d_w$ はTolubinsky & Kostanchuk(1970)のモデルがよく使われる。
活性核サイト密度 $N_a$ はどうやって求めるんですか?
Lemmert & Chawla(1977)の相関式がよく使われる。
ここで $\Delta T_{sup} = T_w - T_{sat}$ は壁面過熱度だ。$n$ は典型的に1.805、$C$ は実験から決めるパラメータだよ。
沸騰レジーム
沸騰にも種類があるんですか?
壁面過熱度に応じて沸騰レジームが遷移する。池沸騰を例にとると、Nukiyamaカーブ(沸騰曲線)で整理される。
| レジーム | 壁面過熱度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 自然対流 | $\Delta T_{sup} < 5$ K | 気泡なし、単相対流 |
| 核沸騰 | 5〜30 K | 壁面から気泡が離脱、熱伝達率高い |
| 遷移沸騰 | 30〜100 K | 不安定、液膜と蒸気膜が交互に形成 |
| 膜沸騰 | $> 100$ K | 蒸気膜が壁面を覆う、熱伝達率低下 |
CHFを超えると危険なんですね。
CHFを超えると急激に壁面温度が上昇してバーンアウトに至る。原子力では設計時にDNBR(Departure from Nucleate Boiling Ratio)を安全余裕として管理するんだ。
レイノルズの実験(1883年)——乱流発見の瞬間
オズボーン・レイノルズは、管内の水にインクを流す実験で「層流から乱流への遷移」を発見しました。流速を上げていくと、インクの線がある瞬間にグチャグチャに乱れる。この劇的な瞬間を、レイノルズは数学的に $Re = \rho uD/\mu$ という無次元数で表現した。100年以上経った今も、CFDエンジニアが最初に確認するのはこのレイノルズ数です。
各項の物理的意味
- 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
- 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
- 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
- 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
- ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
- 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
- ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
- 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
- ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
- 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
| 変数 | SI単位 | 注意点・換算メモ |
|---|---|---|
| 速度 $u$ | m/s | 入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意 |
| 圧力 $p$ | Pa | ゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用 |
| 密度 $\rho$ | kg/m³ | 空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C |
| 粘性係数 $\mu$ | Pa·s | 動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意 |
| レイノルズ数 $Re$ | 無次元 | $Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標 |
| CFL数 | 無次元 | $CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結 |
数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)
Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212(層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa
乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):
k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。
CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。
次世代CAEプロジェクト:開発者と実務者をつなぐ
Project NovaSolverは、沸騰モデルを含む幅広い解析分野において、実務者の知見を最大限に活かせる環境の実現を探求しています。まだ道半ばですが、共に歩んでいただける方を募集しています。
開発パートナー登録 →